医療における「ガイドライン」(guideline、指針)とは、その名の通り、診断・治療の適切な進め方を指し示すものをいいます。現在わが国では、胃がんや大腸がん、肺がん、乳がんなどの主ながんの診断・治療に関して、また、糖尿病や高血圧などのがん以外の病気に関しても、多くのガイドラインが出版されています。 ガイドラインの目的は、画像のクリックで拡大表示 ガイドラインに示された「標準治療」が、どこの病院でも行われるようになれば、患者さんはどこの病院にかかっても十分かつ適切な治療を受けることができるようになります。加えて、日本の治療レベル全体が向上します。 がん医療の分野では、新しい技術や薬の登場によって、治療の内容は日々進歩しています。そのため、ガイドラインに記載される「標準治療」の内容も、定期的に見直し、改訂を行っています。 現在、日本にはおよそ600の診療ガイドラインがあるとされています。これらの多くは専門の学会または研究会が作成したものです。なかには国(厚生労働省)が作成したものもあります。基本的に国は補助金を出したり、ガイドラインの利用促進のための仕組みを作ったりして、ガイドラインの作成と普及を支援しています。 大腸がんでは、 大腸癌研究会は、大腸がん診療の進歩を図ることを目的として1973年に組織された学術団体です。創設以来、(1)学術集会の開催(2)大腸癌取扱い規約の刊行(3)大腸がんの統計資料の収集と提供──を事業の三本柱として活動してきました。最近は、ガイドラインの作成と大腸がんに関する研究の推進にも力を入れています(図8)。画像のクリックで拡大表示 診療ガイドラインは「ある特定の臨床的な状況において、医師と患者さんが適切な医療について決断を行えるよう支援する目的で系統的に作成された文書」と定義されています。 大腸がん治療ガイドラインの見かた: ここに掲載する大腸がん診療ガイドラインは,大腸癌研究会で作成された『大腸癌治療ガイドライン』(医師用2014 年版)の内容に則って構成されています。 大腸がん治療ガイドラインの見かた: ここに掲載する大腸がん診療ガイドラインは,大腸癌研究会で作成された『大腸癌治療ガイドライン』(医師用2014 年版)の内容に則って構成されています。 「大腸癌治療ガイドライン2014年版」「患者さんのための大腸癌治療ガイドライン2014年版」より、内容の更新をしました。 「表3 手術による治癒が難しい進行・再発がんに対する化学療法」を追加し、「図9 拡大内視鏡写真」と「図13 ESDの施術の模様」を変更しました。 2019年3月改訂しました! 本冊子は、大腸癌研究会 会長、東京医科歯科大学 名誉教授・特任教授、光仁会第一病院 院長の杉原 健一先生監修のもと、大腸がんそのものや標準的な治療などについてや、患者さんやご家族など、支援される方が知っておきたいことを全24ページにまとめています。 『大腸癌治療ガイドライン医師用2019年版』のMinds掲載ページです。作成方法の観点から質の高い診療ガイドラインと評価されました。監修:大腸癌研究会、編集:大腸癌治療ガイドライン委員会(2019年版)、発行年月日:2019年1月25日、発行:金原出版 ことです。つまり、ごく少数の情報や個人の意見によるのではなく、多くの信頼できる情報の中から選ばれたエビデンスを多くの専門家が討議して、合意(コンセンサス)の下に作成しています。コンセンサスを形成する際には、その医療行為のプラス面とマイナス面のバランスが重要な判断基準となります(図10)。 欧米でも、主な学会などから大腸がんの診断・治療に関するガイドラインが公開されています。米国のがんセンターで組織されるNCCN(National Comprehensive Cancer Network)という団体や、NCI(米国立がん研究所)、英国のNICE(国立医療技術評価機構)のガイドラインが代表的なものです。 同じ大腸がんの治療でも、実は国によってその「標準治療」は大分違っています。日本の「大腸癌治療ガイドライン」と、欧米の主なガイドラインにおける「標準治療」の違いを表2に示しました。画像のクリックで拡大表示 地域がん登録における大腸がんの5年生存率を国別に示したColemanらの報告によれば、日本の大腸がんの治療成績は男性では1位、女性では6位と、世界でもトップクラスです。 日本のガイドラインでは、欧米のガイドラインの内容も参考にしつつ、わが国でこれまで行ってきた治療のデータや、わが国の優れた内視鏡診断・治療、高い画像診断技術などもふまえ、日本の実情に合った独自のガイドラインを作成しています(図11)。画像のクリックで拡大表示 日本と欧米で標準的な治療が異なる背景の一つに、医療制度の違いが挙げられます。 日本は「国民皆保険」の体制をとっており、すべての国民が何らかの公的な医療保険に加入しています。年齢や加入している保険の種類によって、かかった医療費の1~3割のみを患者さん自身が負担します。日本では、保険診療として認められた範囲の治療を、自分が選んだ医療機関で自由に受けることができます。 一方、例えばアメリカではすべての国民を対象とする公的医療保険制度はなく、多くの人は保険料を支払って民間の医療保険に加入しています。保険の種類によって治療を受けられる病院が決められていたり、治療費の限度額が決まっていたりします。つまり、その人の支払う保険料によって、受けられる治療に制限があるのです。また、医療保険に加入していない人が加入している人よりも多いのが現状です。 このような国の医療制度の違いにより、国がまかなうことができる医療の範囲や、個々の患者さんが受けられる医療の水準が変わってしまうのは事実です。日本の医療制度は、「すべての人が等しく適切な治療を受けられるように」という方針で成り立っています。 海外のガイドラインを参考にするときには、医療を取り巻く環境が日本とは違うことをよく理解しておくことが大切です。例えば、海外のガイドラインに書かれていても日本では行えない治療や行わない治療もありますし、その逆もあります。医療保険制度の違いも、治療方針の決定に大きく影響しています。 また、海外のガイドラインに書かれた内容を単純に直訳しても、正しい内容が伝わらないことがあります。例えば、「advancedcancer(直訳すると『進行がん』)」は日本でいう「進行がん」ではなく、「切除できない大腸がん」のことを意味しています。「早期がん」や「転移がん」も、日本で使っているときとは違う意味で使われます。結腸と直腸の定義自体に差があるというような大きな問題もあります。 このように、海外のガイドラインを文字通りに受け取ると、大きな誤解を生じることがありますので、注意が必要です。 とはいえ、海外のガイドラインを知識として理解しておくことは大切です。大腸癌研究会は、NCCNガイドライン日本語版の作成に協力して、用語の定義の違いなどから生じる誤解がないように、大腸がんに関連する5つのガイドライン(結腸がん、直腸がん、肛門がん、大腸がんのスクリーニング、大腸がんにおける遺伝学的/家族性リスク評価)を監修・監訳しています。 「大腸癌治療ガイドライン」は2005年に作成され、2009年、2010年、2014年、2016年に改訂されました。エビデンスの情報源は主に医学論文です。たとえば、「大腸癌治療ガイドライン」2016年版の改訂作業の際には、国内外の論文が収められているデータベースから選び出した1万2000の論文について、研究の方法や質、海外の研究であれば日本での臨床応用が可能かどうかなどを詳しく検討して、最終的に475の論文からエビデンスを採用して、ガイドライン委員のコンセンサスの下に推奨する項目を決定しました(図12)。画像のクリックで拡大表示 コンセンサスの形成には、大腸がんの専門家はもちろん、大腸がんを専門としない医師も加わりました。これは、専門家に偏らない、より広い視点から議論を進めるためです。このように「大腸癌治療ガイドライン」は、科学的なエビデンスとコンセンサスを車の両輪として作成されています。 日本の大腸がんの治療成績は、世界でもトップクラスにあることを示す統計データが報告されています。治療成績の差には、医療を取り巻く環境や診療内容(手術の質など)といった複数の要因が影響していると考えられています。 このような理由から、大腸癌治療ガイドラインは、海外のエビデンスを尊重するとともに、優れた日本の治療成績を考慮して作られています。例えば、内視鏡治療後に手術が必要な条件(詳しくは 一方で、日本から発信されるエビデンスが少ないことが指摘されています。かつて日本では、ガイドラインのエビデンスとなるような、治療に直結する臨床的な研究よりも、基礎的な研究を重視する傾向があり、エビデンスを作りにくい土壌が確かにありました。しかし、近年は臨床試験も盛んに行われるようになり、大腸がんの領域でも日本の医療事情に即した良質な臨床試験が行われています。 これからも、日本独自の臨床研究、中でも臨床試験を推進して、日本に合ったエビデンスを作っていくことが期待されています。大腸がんの治療成績をさらに高めるためには、臨床試験の意義をよく理解していただき、たくさんの患者さんに参加していただくことが大切です(詳しくは 大腸癌研究会は、これからも全国大腸癌登録(※注)や多くのプロジェクト研究を通じて、良質なエビデンスを作り続けていきたいと考えています。[参考サイト]「大腸がんを生きるガイド」が掲載する情報・データはあくまで一般情報であり、個々の患者さんとその治療に関して特定の治療法などを推奨したりするものではありません。治療に関しての判断は、担当医などの医療者とご相談のうえ、ご自分でなさってください。日経BPおよび「大腸がんを生きるガイド」は、当サイトを読んだことが引き起こすことに関して一切の責任を負いません。関連サイト サービス 企業情報